東野圭吾『手紙』

2006/11/25

 僕は、この小説が嫌いだ。誤解のないように断るが、物語には引き込まれて、貪るように一気に読んだ。それでも、この小説は嫌いだ。読んでいて、内容がくだらないという理由以外で、苦痛でいたたまれなくなってしまったのは、初めてかもしれない。

 もしも、自分の身内が犯罪者だったら。周りの環境は、一体どう変化するのだろう。そんな想像を働かせてみようとするだけで、怖くなる。

 例えば、弟が結婚を考えている女性を紹介してくれたとする。もちろん嬉しいし、心から祝福する。でも、もしもその女性の例えば兄が、強盗殺人犯だったということが、後になって発覚したら。

 酷いといわれるかもしれないが、自分の態度は、きっと変わる。反対まではしないと思うが、それも思うだけで、実際はどうだか自信がない。少なくとも、口には出さなくても、この話が白紙になれば良いのにくらいは念じるだろう。そして、過剰に気を遣って、すべての仕草がよそよそしく、ぎこちなくなるに違いない。

 もちろん、弟が付き合っている女性に、罪はない。犯罪者はその兄なのだから。そんなことは分かっている。でも、頭では分かっていても、どうしようもなく態度はきっと変わる。自己嫌悪に苛まれながらも、それでもきっと、距離を取った付き合いをしてしまうと思う。

 そんな自分の残酷さを、主人公が感じた苦痛を通して、ずけずけと遠慮なく指摘されているようだ。だから、僕はこの小説が嫌いだ。もちろん、主人公とその家族が直面する現実があまりにも酷いから、それが可哀想で読んでいてツライ、というのもある。でもそれ以上に、自分が潜在的に秘めている残酷さを思い知らされるようで、それがまた胸に応える。

 ラストには泣いた。ただ悲しくて泣いた。

≪ 逢坂剛『牙をむく都会』(2006-07-05)
伊坂幸太郎『陽気なギャングが地球を回す』(2006-11-27) ≫