Upside down

2006/12/18
奥田英朗『真夜中のマーチ』

 もしも、ある場所に10億もの大金が集まる日があるという情報を、事前に得ることができたとしたら。そして、そのお金はヤバイお金で、少なくとも国家権力からの追及を受けずに済むことが分かっていたとしたら。

 ふぅん、お金って、あるところにはあるもんだねぇ、とため息をつくだけか。誰か、その大金を奪いそうな人に話しを持ちかけて、成功した暁には情報料を頂くか。それとも、よっしゃここはいっちょ勝負をかけて強奪してみるか、と立ち上がるか。

 ちなみに、自分はただため息をついて眺めているだけだ。もちろん、それだけではちっとも面白い物語にならないので、本書の主人公たちは、完全犯罪での10億の強奪を目論む。獲物が獲物だけに、事がすんなり運んでも面白いわけがないので、騙されたり妨害されたりで希望が潰えたかと思いきや、ひょんなことから逆転の芽が出てきたり、とスピーディに目まぐるしく展開する。

 下手すると安っぽいドタバタコメディに終わりそうなところを、ユーモアを忘れずに緊迫感を持続させてハラハラドキドキ楽しませ、ハッピー・エンドではないけど微笑ましいラストに決着する、読後感も爽やかで清々しい。

2006/12/02
恩田陸『夜のピクニック』

 確か中学二年の時だったか。立志式という学校行事があった。フルマラソンと同じ距離だったかな。42.195キロ。早朝出発し、海岸線沿いに各自のペースでひたすら歩き、夕方までに母校を目指すというものだ。それが、この物語の舞台となる歩行際というイベントに似ていて、なんとなく懐かしいような気持ちになった。

 あの時、自分は何を考え、感じていたんだろうか。よく分からない。42キロも歩くとなると、相当きつかったんじゃないかと思うのだが、不思議と辛かったと感じた覚えがない。友人たちと気ままにしゃべりながら歩いていたら、いつの間にかゴールしていたといった感じだったからかもしれない。

 この行事での一番の衝撃はあれだな。悪友のひとりが目ざとく見つけてきた、無修正のグラビア。中坊には刺激が強すぎた。一番印象深かったのは、ゴール直前の休憩所で振舞われた豚汁の美味さ。豚汁をあれほど美味く、ありがたく感じたのは、あれ以来ないかもしれない。

 全編、ただ歩いているだけ。それなのに、胸が切なくなるような、それでいてたまらなくいとおしくなるような、青春としかいいようがない物語が展開する。驚天動地の衝撃や奇妙奇天烈な事件、壮大な感動や激烈な恋愛はない。それでいて、ちょっとした発見やささやかな喜びが、とても眩しいものに見える。微笑ましく可愛らしく、そしてむちゃくちゃ面白い。

 願わくば、立志式に臨む前にこの小説と出会いたかった。

2006/11/27
伊坂幸太郎『陽気なギャングが地球を回す』

 小心者なので、大それた犯罪行為には関心がないのだが、こんな素敵な仲間と一緒に完璧な仕事が出来るなら、銀行強盗も悪くないかも、なんて思ってしまった。

 とにかく、主要4人のキャラが魅力的。銀行強盗を働く人間のキャラが魅力的というのもおかしな話だが、漫才師の掛け合いのようなテンポのいい軽妙な会話の流れを追っているだけで、胸がキュンキュンするくらい面白い。普段から、こんな気の利いたやり取りを楽しんでみたいもんだ、と心底思う。

 そんな主役キャラたちのパワーに引っ張られるように、物語は矢継ぎ早に事件が起こり、巡り巡ってスピーディに展開する。先の展開が読みやすく、まさにその読みどおりに展開していくのだが、それが興醒めにつながらずに、快感を得られるところが凄い。定番ともいえる展開で、なかなかこんな爽快感は味わえない。さらに、さりげなく登場した時には役に立たないと切り捨てられた小道具が、クライマックスになって存在意義を与えられて再登場するところも、007みたいで気持ち良い。無駄のないストーリー運びが見事。

 要注意。下手すると、主役の魅力に毒されて、ロマンを捜し求めに旅立ってしまう恐れあり。

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